jirikihongan-kaiun blog

国家公務員総合職・外務省専門職受験へのハードルを 少しでも下げたり、英語 や 多言語化に取り組みたい人へ大きな助けになるブログを目指します。

【国家総合職・外務専門職】和文英訳

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日本がアジアの国と平和共存していくためには、太平洋戦争を振り返り、被爆国として核兵器禁止条約を締結していくことが大事だと考えます。昨日も載せましたが、今後も日本経済を維持していくためには  ふもとの若年層部分を埋めるためには、アジアの若者に日本に来日して頂くことも考えていかなければなりません。アジアの若者が日本で生活して 幸せだなあって感じて貰う必要があります。大前提として、平和主義に基づく立憲民主国家で 国籍を保有していなくても 基本的人権は守られる国だと言うことを発信していかない限り、誰も日本に見向きもしてくれなくなるでしょう。そういう意味では、私も含めて もっと国政について興味を持って接していく必要があると考えます。

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問い)

靖国神社の境内ほど7月の東京の夜を過ごすのに心地よい場所はないだろう。檜つくりの神門は深い色を湛えて荘厳な構えである。銀杏並木の参道を歩けば、両側から蝉の声が聞こえてくる。神門の向こうには菊の紋章を染め抜いた紫幕が垂れ下がる拝殿が見える。道はちょうちんで照らされ、ここにやってきた人の大半はうきうきした夏祭り気分で、浴衣などを着ていかにも華やいだ雰囲気だ。飲み食いを楽しむ彼らのそばを神輿と担ぎ手が通り過ぎるとさらにお祭り気分が盛り上がる。

THERE can be no more pleasing spot in Tokyo on a July evening than the Yasukuni shrine. The cicadas murmur as you pass along the avenue of ginkgo trees framing the great shinmon gate, fashioned out of dark balks of cypress. The chrysanthemum drapes of the worship hall flutter alluringly; lanterns line the way, and the crowds are in a holiday mood and summer robes. Parties chant with gusto as they parade past with the palanquins housing their neighbourhood deities.
こういった靖国神社の夏の行事は日本の敗戦日、8月15日でクライマックスを迎える。まるで19世紀のロンドン、バーソロミューの市を思い起こさせるように、祭りの間は靖国神社の境内は屋台と人で埋まっている。しかし、ここではみんながそろって楽しい祭り気分に酔いしれているわけではない。深い悲しみが刻まれた表情をした一群は、かろうじて生き残った旧日本軍の元兵士たちや遺族たちである。戦場で命を落とした盟友や家族の面影は彼らの脳裏から消えることはない。体には小さすぎるスーツを着たやくざ風の一団もいれば、元日本軍を敬愛するグループは居丈高に軍人用のサーベルを下げ神風特攻隊の制服を着ている。一方、靖国神社に抗議する団体もいるが、その多くは高齢者だ。それでも警察は彼らを監視している。

Yasukuni’s summer celebrations reach their climax on August 15th, the anniversary of Japan’s defeat in the second world war. As the date draws closer the avenue expands into a Bartholomew Fair of stalls and revelry. Not everyone is jolly. Sombre groups that include some of Japan’s few surviving war veterans and their families remember fallen friends. There are chin-jutting Yakuza thugs in suits a size too small, and strutting military fantasists kitted out with officers’ swords or kamikaze flight suits. There are protesters—many of them middle-aged or older—and police to keep them in their place.
さて、この場所は「亡霊」の住処でもある。かれらは靖国神社の存在理由そのものだ。靖国神社天皇陛下を守るために戦死して「神」になった人々の「御霊」を祀っている。彼らのことを「聖なる英霊」と呼ぶべきなのか、果たしてこの言葉が的確かどうかはわからない。靖国神社が創建されたのは1869年。明治維新の一年後、日本が近代化に向かってまい進しようとする時であった。日本と異なった文化的背景を持つ人々から見れば理解しがたいかも知れないが、明治維新のすぐあと、靖国神社は厳粛な儀式と大衆向けの娯楽を一体化させた場所だった。はじめての神格化儀式では、花火が打ちあげられ、大砲が轟き、相撲の試合も行われた。靖国神社に合祀された最初の「神」は明治維新前の内戦で天皇の臣下として戦い亡くなった人々だった。その後日本が台湾統治(1894年)、韓国併合(1910年)、満州事変(1931年)、中国の東シナ海の制圧(1937年)、さらに東南アジア進出(1941年)、アジアに進出する過程で靖国神社の参拝者は増加し儀式はより大規模で豪華なものになっていった。靖国神社の霊璽簿奉安殿の名簿にはいまや2,466,532人が天皇陛下の臣下として記されている。彼らは合祀という形で祀られ天皇陛下の聖なる庇護者であるとされている。

And there are ghosts. Without them Yasukuni would have no purpose. The shrine honours the souls of those who have died protecting the emperor; they are revered as kami, which can loosely though not wholly satisfactorily be translated as “divine spirits”. Consecrated in 1869, the year after the Meiji Restoration which launched Japan’s modernisation, the striking combination of solemn ritual and popular entertainment that can come as a surprise to people from other cultures was present from the beginning; the first rites of apotheosis were attended by fireworks, cannons and sumo.
The first kami so enshrined were those who had fought on the imperial side in the civil wars around the time of the Meiji Restoration. The number of their fellowship, and the size of the festivals, grew with the occupation of Taiwan (1895), Korea (1910), Manchuria (1931), China’s eastern seaboard (1937) and South-East Asia (1941). There are now 2,466,532 imperial protectors inscribed in Yasukuni’s “Book of Souls”. Collectively, they are viewed as a divine shield for the emperor.
靖国神社の教義によれば、これらの「御霊」はみな平等である。しかし世間一般からみれば決して平等とは言えない。自国のために命を落とした戦死者を祀ることに反対する人はいない。たとえ戦争を引き起こす原因が悪くても。1978年、靖国神社宮司たちは、東京裁判で有罪となった14人の政治家と軍人を合祀した。戦時下の東條英機元首相を含め、1930年代から1940年代にかけて軍事的侵略を計画し遂行したとして戦争犯罪のために裁かれた人々だ。この14人はみな、新たに占領軍としてやってきたアメリカ軍によって処刑されるか刑務所で亡くなった。外国人のみならず多くの日本人にとっても、そのような人物たちを「英霊」として扱うことは常軌を逸する行為だった。裕仁天皇陛下の名前のもと数百万人が命を落とした戦争。裕仁天皇靖国神社参拝をとりやめた。明仁天皇も参拝をしていない。しかし、安倍晋三首相のように保守的で護国を掲げる政治家の靖国神社参拝者は増え続けている。このような風潮に世界は警戒を強め、中国と韓国からは激しい怒りを買うことになった。
By the tenets of the shrine, all these spirits are equal. To the world at large, they are not. No one objects to a nation honouring its war dead, even if the cause for which they fought was a bad one. But in 1978 the priests of Yasukuni surreptitiously enshrined 14 political and military leaders, including General Hideki Tojo, the wartime prime minister, who had been found guilty by the Tokyo War Crimes Trial of planning or prosecuting the military aggression of the 1930s and 1940s. All 14 had either been executed by Japan’s new American overlords or died in prison. For many—including many in Japan—granting divine honour to such men went beyond the pale. Emperor Hirohito, in whose name millions died, stopped visiting Yasukuni; the current emperor, Akihito, has upheld the boycott. Yet visits by conservative nationalist politicians, including the prime minister, Shinzo Abe, have increased, drawing admonishment in much of the world and stoking anger in China and South Korea.