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国家公務員総合職・外務省専門職受験へのハードルを 少しでも下げたり、英語 や 多言語化に取り組みたい人へ大きな助けになるブログを目指します。

【国家総合職・外務専門職】 番外編 不動産の買い方・見つけ方

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不動産の買い方について、素人ではありますが 仮に自分が転職して 東京で単身赴任した場合、どういった不動産を購入するかを物色していたネタを書きたいと思います。ただ、オリンピックが終わり、生産緑地問題で 供給過剰になり 東京都内の土地も値下がりしそうな 2022年から動くのが賢明です。

ケース1)乃木坂駅周辺のマンション

地の利 や 値が下がりにくい地域は、青山・六本木・赤坂で 意外と乃木坂近辺で億ションと比べれば コストパフォーマンスの高い物件をマンションノートで検索出来ます。例えば、下記物件も1LDKが4,250万円(こんなお金どこにあるんだと言う話ですが)と言った物件もあります。小生には、無縁ですが こういった意識高い系の人が住みそうな地域のマンションの管理は、 かなりしっかりしています。

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ケース2)狭小住宅

自動車を持たない前提で suumoで ある程度目星をつけた上で東京都内の狭小な土地を探して そこに一戸建てを建てるのも 手か と考えます。意外に狭小地は探せばあります。現に 小生も母方の祖父の土地が狭小地で 名古屋市内にあり 売り手がつかず非常に困っています。 先程、コメントした生産緑地指定の限度30年が満期を迎えて 固定資産税を払えない地主が 2022年以降出てくると思うので その時がねらい目です。

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問い)

平成27年3月16日
国連創設70周年記念シンポジウムにおける安倍内閣総理大臣スピーチ


 デイビッド・マローン学長、御紹介ありがとうございました。
 また、潘基文事務総長、素晴らしいスピーチ、大変感銘を受けました。お礼を申し上げます。
 お集まりの皆様、国連にとって、また日本にとっても、今年から来年にかけては、大変重要な時期に当たります。
 国連にとっては、今年が発足70周年。日本にとっては、来年が、国連に加わって60年目の年になります。私たちはこの2年を、「具体的な行動の年」と位置付けることにいたしました。
 私たちが直面する課題は、国家の枠を超えるものばかりあります。過激主義、テロリズム、核拡散の恐れ、気候変動、恐ろしい感染症
 しかし、このことが教えるのは、ただ一つ。国際社会は、「デバイデッド」であってはならない、ますます、「ユナイテッド」でなければならないということではないでしょうか。
 今年の安保理選挙において、11度目の当選を目指して立つ我が国は、あらゆる問題、いかなる局面でも、国連内外の議論をリードしていく覚悟であります。
 新たな開発のアジェンダには、日本が進めてきた「人間の安全保障」を目指す思想を、盛り込むことを訴えます。
 何より、安保理の改革は、もはや議論に時間を割く時ではありません。具体的な、成果を生む時です。
 日本は、一つ、一つ、実績を積み上げてきた静かな誇りを胸に、常任理事国の役割を引き受ける用意があります。今までも、そうでした。この先も、そうであり続けます。
 例えば、日本にできる貢献には、新しい分野もあります。
 「スマート・プラチナ・ソサエティ」―。まだ、皆様の辞書には無いかもしれません。無いなら、この際「ジャパングリッシュ」として御記憶をいただきたいと思います。
 情報通信技術やロボットの技術を活かし、お年を召した方々が、元気に暮らせるようにする社会のことです。
 国連が、エイジングの問題に力を傾ける今、「プラチナ化」で先頭を行く日本は、得意技術の粋を尽くして取り組むつもりです。

 今年、そして来年は日本にとって、国連と共に歩んだ道のりを振り返り、未来に対して決意を新たにする時となるでしょう。
 戦後、日本は、先の大戦に対する深い反省の上に、自由で、民主的で、人権を守り、法の支配を尊ぶ国づくりに励みました。
 目指したものとは、アジア・太平洋、世界の平和と発展、繁栄に、貢献できる国となることでありました。
 そう考えた父や母、祖父母ら先人たちが、再び国連に入れてどんなに喜んだか、また、感謝の念を抱いたか。後の世代の私たちも、折に触れ想像してみたいものです。
 加盟が許された日、重光葵外相は国連で演説し、「日本が持つ全ての手段をもって、国連憲章が掲げる義務を遂行する」と宣言しました。
 重光を継いで外相となった岸信介―私の祖父でありますが、国会の演説で、「常時、国連の権威向上と国連を通じての世界平和の確保のため、応分の寄与をなす心構えが必要」だと強調しています。
 初心を貫き、以来日本は、国連を支える、太くて、頑丈な柱であり続け、今日に至ります。
 60年前の喜びと感謝を、常に思い起こしながら、初志を、今日の誓いとし続けること。―その意義を、私は特に、次の世代を担う若い日本人に、伝えたいと念じています。

 「天国に連れて行ってくれるものではない」と、国連について述べたのは、第二代事務総長のダグ・ハマーショルドでした。
 「しかし国連は、地獄行きからなら救ってくれる」と、有名なエピグラムは続きます。
 東西冷戦たけなわのころ、国連の意義を諦めず、情熱を燃やし続けた人の金言は、今なお私たちの心に響きます。
 しかし、日本に関する限り、国連の大切さを、誰かに説得してもらわなくてはならない必要は、まったくありませんでした。
 なぜならば、皆様―、日本国民とは、国連の掲げる理想の下、自分たちに何ができるかを常に考え、力を惜しまない国民だからであります。
 その点、誰と比べても、人後に落ちないからです。これまで、そうでした。今後とも、そうであり続けます。
 日本が払った国連分担金、PKO分担金の累計は、その時、その時の金額の積み上げで、200億ドルを優に上回ります。過去約30年、日本を上回る財政的貢献をした国は、唯一、米国を数えるに過ぎません。
 開発援助の実績は、これも当時の金額の積み上げで、3249億ドルに上ります。
 自画自賛をしているのではありません。59年前の初心を今日まで貫いたというそのことを、自らに言い聞かせ、皆様に知っていただくため、あえて、そう申し上げております。
 その上で、もう一度、訴えておきましょう。国連には、変化し、複雑化する国際社会の課題に応えられるよう、改革が不可欠であります。安保理を含む改革の実現が、欠かせません。
 日本と国連との関係で、もう一つ、触れておかなくてはならないことがあります。
 1990年代、東西冷戦が、私たち、自由で民主主義的な政治経済体制をもつ側の勝利として、終わったときのことでした。
 日本は、アマルティア・セン緒方貞子といった指導者とともに、安全保障の概念に、ある根底的転換を促しました。
 「安全保障」という言葉の前に、「国家」でなく「ヒューマン」がつくのは、この時からです。
 それは時代の変化をとらえ、日本が、年来育ててきた哲学を、国連の課題、人類の課題として、信念を持って押し出した時でもありました。
 人間、一人、一人に重きを置き、読み書き、算術を教え、欠乏と、恐怖からの解放を図ってきたのは、近世以降一貫した、日本の歩みだったからでありました。

 教育こそは、人が人たるための尊厳を生み、平和と繁栄の基礎をなします。犯罪や、過激主義を防ぐ、社会の安定につながります。
 「すべての子供たちに質の高い教育を」―、日本が実施する支援では、この考えを常に柱の一つとしています。
 私たちは、村に学校を建てます。校舎に清潔な洗面所をつくり、少女たちを不安から解き放ちます。
 水を汲むだけに半日を費やし、その重労働が得てして女性の肩に食い込む。―私たちはこうした状態を不正義と思い、女性や、少女、一人一人のエンパワーメントを追い求めます。
 皆様―、私たちは、こうした考え方の下、今日まで、一筋の道を歩んでまいりました。
 「女性が輝く社会」をつくろうと、私は毎日話します。何度でも、いつまでも、言い続けます。
 昨年開いて成功を収めた「WAW!(World Assembly for Women)」という会議を、社会の「game change」が実現するその日まで、いつまでも続けます。今年も、夏休みが明けた頃、どうか日本にお集まりください。
 UN Womenに対する拠出の額は、本年、一昨年に比べ、10倍に増やします。
 エイズマラリア結核という三大感染症撲滅を目指した、グローバル・ファンドの発足と、発展に、日本は邁進しました。
 今年も日本は、ファンドに1億9000万ドルを拠出し、12月には東京で、ファンドの未来を語り合う会議を開きます。
 近々日本は、ケニア政府の保健政策それ自体を支えようとする、前例の無い支援に踏み切ります。金額はおよそ、40億円となるでしょう。
 その政策とは、全ての人が、基礎的な保健サービスを、妥当な費用で受けられるようにすること、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の推進です。
 この20年一心に進めてきた開発政策、ヒューマン・セキュリティの思想に立つ援助の理念を、私たちはこのほど、「開発協力大綱」として発表しました。
 開発とは、持続可能で、長い視点に立つものでなくてはなりません。欠乏、恐怖からの解放に加え、これからは、夢を見る自由を、人々に与えるものとなる必要がある。そのためにこそ、質の高い成長を目指さなくてはなりません。
 これが、私たちの開発協力大綱に流れる思想です。「ポスト2015年・開発アジェンダ」の議論に、寄与できればと願っています。

 59年前、国連加盟がなった日の演説で、重光外相は、「日本は原子爆弾の試練を受けた唯一の国であって、その惨害の如何なるものであるかを知って」いると述べました。
 確かに私たちは、誰よりも、ヒロシマナガサキが、二度と繰り返されてはならないことを知っています。だからこそ、国連の場において、核廃絶の必要を訴え続けてきました。
 本年は、ヒロシマナガサキ以来、70年を迎える年でもあります。この両都市で重要な国際会議を開き、核軍縮の意義と、拡散の危険を訴えます。その上で、今年も日本は、国連総会に、核軍縮決議案を提出します。
 今年の初め、私は、イエルサレムでヤド・ヴァシェムを訪れ、特定の民族を差別し、憎悪の対象とすることが、人間をどれほど残酷なものにしてしまうのか、深く心に刻みました。
 私たちはこの6月、「アジアの平和構築と国民和解、民主化に関するハイレベル・セミナー」という会議を開きます。フィリピンのミンダナオで、スリランカで、日本外交はささやかながら、憎しみを解き、和解を促す努力を続けてまいりました。
 6月に開くのは、アジアの国々が各々、そうした経験を持ち寄る会議で、場所はここ、国連大学です。
 日本が今、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の旗を掲げていることは、皆様御存知でしょう。国連との協調、協働が、その根幹にあることは言うまでもありません。
 あわせて、私たちが今、平和構築の専門家を育てるため、包括的な事業を始めることも、御記憶いただければと思います。

 最後に申し上げます。
 国連のような組織にとって、長寿を祝うことができるとすれば、それは、常に前進を続けていることの、証明となる場合にのみ、でしょう。
 今この瞬間にも、エボラ熱に苦しむ患者がいて、無法なテロリストたちに、脅かされる命があります。大量破壊兵器の建設にいそしむ者があれば、その拡散を図る者もあるでしょう。
 国連とは、古くなることを予め禁じられた組織です。常に、新たに、生まれ変わることを義務づけられた集団です。なぜなら問題が、姿、形を変えようとも、いつもそこに存在し続けるからです。
 国連改革は、急務であって、私たちはそのためあらゆる努力を惜しまないことを繰り返し、私のスピーチを締め括らせていただきたいと思います。
 御清聴ありがとうございました。

英訳)

What the United Nations means for Japan - Address by Prime Minister Shinzo Abe at United Nations University
Monday, March 16, 2015
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Tokyo
[Provisional translation]


Rector David Malone, thank you very much for your kind introduction.

Secretary-General Ban Ki-moon, your talk was fascinating. I was touched, and I appreciate that.

Years for action and Japan’s resolve

Now, ladies and gentlemen, this year and the next constitute an extremely important time for the United Nations, and indeed, for Japan as well.

As for the U.N., this year marks the 70th anniversary of its founding. For Japan, next year we'll be commemorating 60 years since our accession to the U.N. We have decided that we will make these two years as “years for taking concrete actions.”

Time and again, the issues we face are ones that extend beyond the framework of individual nations, whether the issue be extremism, terrorism, the threat of nuclear proliferation, climate change, or terrible infectious diseases.

However, the situation teaches us one thing, and one thing alone: we must not be divided. The nations must stand even more united.

This year, for the Security Council elections, Japan stands, aiming to secure a seat for the 11th time. We are resolved to lead discussions both within the U.N. and beyond, regarding any and all issues, in any and every aspect.

I wish to urge the U.N. community to incorporate into the new development agenda the concept of achieving “human security” that Japan has been promoting.

Above all else, as for reforming the Security Council, it is no longer time to discuss. Now it is time for us to produce concrete results.

With pride quietly in mind at having built up a record of one achievement after another, Japan stands ready to take on the role of a permanent member of the Security Council. This is how Japan has been until now, and how it will continue to be into the future.

Take a look, for instance, one of the new areas where you could expect more of Japan's unique contributions.

That is what we call the “smart platinum society.” You might not have heard of it, in which case please make room in your lexicon for the new “Japanglish” phrase.

A “smart platinum society” is one that enables the platinum generation, i.e., the elderly, to live vibrant lives through the use of ICT, robots, and other such technologies.

Now as the U.N. is dedicating efforts to address the challenges of aging, Japan, which leads the world in “platinumization,” intends to tackle the challenges by making full use of its technological prowess.

Embracing our pledge of 60 years ago in the present day
This year and the next will be a time for us in Japan to look back on the journey we have walked together with the U.N. and renew our determination towards the future.

While feeling deep remorse regarding the war, we have dedicated our post-war development to building a country liberal and democratic, which upholds human rights and the rule of law.

Our goal has always been to grow as a country that is able to contribute to the peace, growth and the prosperity of the Asia-Pacific region and of the world.

That was exactly an aim what our fathers and mothers, and grandparents embraced. How overjoyed and thankful they must have been as Japan was again welcomed into the United Nations! This is something that we in later generations should try to imagine from time to time.

The day Japan was admitted to the United Nations, then-Foreign Minister Mamoru Shigemitsu delivered an address at the U.N., stating that “...Japan ...accepts the obligations contained in the Charter of the United Nations, and undertakes to honour them, by all means at its disposal.”

Nobusuke Kishi, my grandfather, who succeeded Shigemitsu as Foreign Minister, also emphasised in one of the speeches he gave to the Diet of Japan that “Japan must always stand ready to make as much contributions as would be necessary to strengthen the authority of the United Nations and to attain world peace through the U.N.”

Sticking to that intent we started with, Japan has since then continued to serve as a stout and sturdy pillar supporting the United Nations, right up to the present.

It will continue to be very much important for us to recall the elation and appreciation we felt 60 years ago, and to embrace the same initial spirit as our pledge for today. This much, I wish to convey in particular to my country's younger generations who are the mainstay for our future.

Making financial contributions and putting forward ideas
It was the second Secretary-General, Dag Hammarskjold, who said that the United Nations "was NOT created to take mankind to heaven.” That famous epigram continues, “BUT to save humanity from hell.”

It still resonates with us as words from a man who never lost zeal at the height of the Cold War to never forsake the raison d'être of the U.N.

As far as Japan goes, however, there was no need whatsoever for anyone to persuade us of the importance of the United Nations.

And why was that, ladies and gentlemen? It is because the Japanese are a people who are always thinking about what they can do, sparing no efforts, in keeping with the ideals advanced by the United Nations.

It is because, in that regard, the Japanese are second to none. That is how the country has been until now, and that's how it will continue to be into the future.

The cumulative total of the contributions to the U.N. and financial contributions to peacekeeping operations that Japan has paid in, as a simple tally of the book value of those contributions, easily exceeds 20 billion U.S. dollars. The one and only country whose financial contributions surpass those of Japan over the past 30 years or so is the United States.

Our track record of development assistance amounts to 324.9 billion U.S. dollars, again as a simple tally of the then book value.

I am not blowing my own horn here. I have ventured to tell you these things to let you see that we have been faithful to our initial spirit of 59 years ago up till now, and also to remind ourselves of that fact.

Allow me at this point once again to call your attention. Reform is indispensable for the U.N. so that it remains able to respond to the shifting and increasingly complex challenges facing the international community. Realizing its reform, including the reform of the Security Council, is absolutely essential.

Here, I have one more point to touch on as regards Japan's relations with the U.N.

This took place during the 1990’s, when the Cold War had just ended with our side, i.e., the side that enjoyed free and democratic political economic systems, emerging victorious.

Japan, together with such leaders as Dr. Amartya Sen and Dr. Sadako Ogata, urged a certain fundamental shift within the concept of security.

It was at that point that the word “human,” in addition to the word “national,” came to be used in front of the word “security.”

This was also a time when, seizing the changes in the undercurrent, Japan set forth with conviction the philosophy it had long fostered, as a goal for the United Nations and a matter for humankind.

This was because giving weight to each individual human being, teaching them reading, writing, and arithmetic, and aiming to free them from want and fear was the path that Japan had consistently followed since early-modern times.

The form of assistance that we developed
Indeed, it is education that gives rise to people’s dignity as human beings and creates the foundation for peace and prosperity. Education prevents crime and extremism and leads to social stability.

That all children without exception deserve high-quality education always stands as one of the pillars of Japanese development assistance.

We build schools in villages. We put hygienic bathrooms therein, liberating girls from fear and worry.

Many women spend half their day just drawing water, and this heavy labour is apt to dig deeply into their shoulders. Regarding these conditions to be an injustice, we pursue the empowerment of each individual woman and girl.

Ladies and gentlemen, we have walked this path exclusively under this approach, right up to the present day.

Every day I call for the creation of a “society in which women shine.” I will continue to appeal for this over and over again, never letting up.

Last year we successfully held a symposium known as WAW!, or “World Assembly for Women.” We will continue to hold this symposium unfailingly until the day we bring about a “game change” in society. I ask that everyone come together in Japan again this year, at the end of August.

This year, we will increase the amount of our contribution to U.N. Women to ten times what we did the year before last.

Of the Global Fund, Japan was instrumental in the launch, and has worked tirelessly towards the development, with the fund aiming at ending the “big three” infectious diseases of AIDS, malaria, and tuberculosis.

This year as well, Japan will make a contribution of 190 million U.S. dollars to that Fund, and come December, we will host a meeting to discuss the future of the Fund in Tokyo.

Soon, Japan will provide the Kenyan government with assistance of roughly 33 million U.S. dollars, aiming to support its health policies in their entirety, as an unprecedented kind of assistance.

Their policies promote “UHC,” or “universal health coverage,” which aims to make everyone able to receive basic healthcare services at reasonable cost.

Such is the development policy we have advanced without wavering over the last 20 years. It has shown our philosophy of assistance grounded in the concept of human security. And of late, by publishing Japan's “Development Cooperation Charter”, we have made them salient.

Development must be sustainable and take a long-term perspective. In addition to freedom from want and freedom from fear, going forward, it will be necessary for development to become something that imparts upon people the freedom to dream. It is for that very reason that we must aim at quality growth.

That is the thinking that flows through our “Development Cooperation Charter.” I very much hope that this will contribute to the discussions on the post-2015 development agenda.

Hiroshima, Nagasaki, and peace building
In his address 59 years ago on the day Japan acceded to the United Nations, then-Foreign Minister Shigemitsu stated, “Being the only country which has experienced the horrors of the atomic bomb, Japan knows its tragic consequences.”

It is undoubtedly true that Japan knows better than anyone else that Hiroshima and Nagasaki must never be repeated. That is precisely why Japan has been advocating tirelessly at the United Nations the necessity of total elimination of nuclear weapons.

This year also marks 70 years since the atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki. We will hold major international conferences in both cities, stressing the importance of nuclear disarmament and the danger of proliferation. In addition, this year Japan will again submit to the United Nations General Assembly a draft nuclear disarmament resolution.

At the beginning of the year I visited Yad Vashem in Jerusalem. That visit etched deeply into my mind how much merciless humans can be by singling out a group of people and making that group the object of discrimination and hatred.

To dispel hatred and promote reconciliation, Japanese diplomacy has made modest but continuous efforts in Mindanao in the Philippines or in Sri Lanka. This June, we will hold the “High-Level Seminar on Peacebuilding, National Reconciliation and Democratisation in Asia.”

The seminar will have Asian countries each bringing their own experiences in these areas, and the venue will be right here at the U.N. University.

I trust you are already well aware that Japan is now bearing the flag of “Proactive Contribution to Peace based on the principle of international cooperation.” It goes without saying that cooperation and collaboration with the United Nations comprise the very essence of this.

I would also ask that you bear in mind that we will now start a comprehensive program to foster professionally trained peace builders.

The United Nations: Unable to be out of step with the times
As I conclude my remarks to you today, I would like to say that we commemorate the longevity of an organization like the U.N. only when it serves as a testimony that the organization is continuously moving forward.

At this very moment, there are people suffering from Ebola, there are people whose lives are threatened by lawless terrorists. Some are working diligently to construct weapons of mass destruction, while others conspire towards their proliferation.

The United Nations is an organization that was precluded from the beginning from falling out of step with the times. It is a body that is obliged to be continually transformed anew. This is because whatever form or type issues may take, such issues never fail to exist.

In closing may I reiterate that reform of the United Nations is a matter of great urgency, and we will spare no effort in any way to make that reform a reality.

Thank you very much.

 中文)

安倍内阁总理大臣在纪念联合国成立70周年论坛上的演讲
2015年 3月 16日 (星期一)
(暂译)

  尊敬的大卫・马隆校长,感谢您的介绍。
  也感谢尊敬的联合国秘书长潘基文先生的精彩演讲,我深受感动。
  诸位,从今年到明年的这段时间,无论对于联合国还是对于日本,都十分关键。
  对联合国来说,今年是成立70周年。对日本来说,明年将是加入联合国60周年。我们希望能将这2年定位于“具体行动年”。
  我们所面对的,极端主义、恐怖主义、核扩散危机、气候变化、可怕的传染病…都是超越国家范畴的问题。
  然而这正告诉我们,国际社会绝不可以“分裂”,越发紧密地“联合”才是唯一正道。
  在今年安理会选举中,我国力争第11次当选,并决心面对各种问题、各种局面,引领联合国内外的讨论。
  我还将呼吁在新的发展议程中,写入日本一直推崇的“人类安全保障”思想。
  最为重要的,不应将时间花在讨论安理会改革之上,而已到了应该拿出具体成果的时候了。
  日本为至今积累起来的一个又一个业绩感到自豪,并静心等待接受安理会常任理事国这一重任。过去如此,今后我们还会继续。
  例如,日本还可以在新领域做出贡献。
  “Smart Platinum Society”。可能在诸位的字典里还没有这个词。如果没有,那就请记住,这是日本自造的英语“Japanglish”。
  “Smart Platinum Society”是指,灵活运用信息通信技术、机器人技术为老年人创造一个健康舒适的社会。
  联合国现在开始逐渐重视老龄化问题,而走在最前列,开始进入“白金社会”的日本,正准备用擅长的技术精粹来应对这一问题。(“白金社会”:高层次解决环境问题和老龄化问题的社会)

  今年,还有明年,对日本来说,是回顾与联合国共同走过的历程,对未来表明新决心的时候了。
  战后,日本在深刻反省上次大战的基础上,始终致力于自由民主、捍卫人权、尊重法治的国家建设。
  我们的目标是把日本建设成能为亚太地区、以及世界的和平、发展与繁荣做出贡献的国家。
  也正因为如此,当我们的父辈、祖辈等先人们得知日本重被联合国接纳时,欣喜万分,感激不尽。作为后人的我们,也应时常回味他们那时的心情。
  在决定日本加入联合国的那一天,重光葵外长在联合国发表了演说,并宣布“日本将用尽一切方式,坚决履行联合国宪章所规定的义务”。
  继承重光外长一职的,是我的外祖父岸信介。他在国会发表演说时强调,“为提高联合国的权威、通过联合国确保世界和平,我们应从平时就做好准备,以便随时做出相应的贡献。”
  日本至今坚守初衷,成为始终支持联合国发展的擎天支柱。
  我时常想起60年前的欣喜与感激,把初志当作今日誓言坚持下去。而且,我的心愿是要将其意义告诉后人,尤其是肩负未来的日本年轻一代。

  “联合国无法把我们带到天堂”,联合国第二任秘书长达格•哈马舍尔德留下了关于联合国的精辟解释,“但是联合国可以把我们从落入地狱的路上解救出来”。
  即使在东西冷战最为激烈的时候,也不放弃联合国存在的意义,倾注满腔热情的这一警世金言,至今仍回响在我们的心中。
  然而,仅就日本而言,联合国的重要性,完全无需他人之言,我们自已非常明了。
  为什么这么说呢?诸位,因为我们日本国民,就是在联合国高举的理想之下,不断思考能为此做些什么,并会实现而竭尽全力的国民。
  这一点,我们绝不会输给任何人。所以,过去如此,今后也会继续。
  日本所缴纳的联合国会费和所承担的联合国维和部队(PKO)费用,累计至今,总额已远远超出了200亿美元。在过去的30年中,在财政方面做出比日本更多贡献的国家,唯有美国。
  开发援助方面的实际金额,累计总额也已达到了3249亿美元。
  这并不是我在自卖自夸。而是为了让自己明确59年前的初衷贯彻至今,同时也想让诸位能有所了解。
  在此基础上,我要再次呼吁。联合国必须进行改革,以应对不断变化、越发复杂的国际社会问题。实现包括安理会在内的改革,必不可少。
  日本与联合国,还有一层必须提到的关系。
  1990年代,东西冷战,以实行自由民主主义政治经济体制的我方取得胜利而告终。
  日本与阿马蒂亚•森、绪方贞子等领袖一起,促使安全保障概念从根本发生了改变。
  正是从那时候起,谈到“安全保障”时,前缀不再是“国家”,而是“人类”。
  那是日本敏锐地发现时代的变化,依照自己的信念,将长年培养起来的哲学作为联合国所面临的课题、全人类所面临的课题提出。
  将重点放在每一个个人身上,教他们读书写字、做算数,将他们从贫困和恐惧之中解放出来,这就是日本近代以来的一贯做法。

  正是教育,能让人感到做人的尊严,奠定和平与繁荣的基础,还可预防犯罪、极端主义,并能维护社会的稳定。
  “为所有孩子提供高质量的教育”,这是日本在实施援助时的基本理念之一。
  我们在村落里建造学校,在校舍里建造清洁的盥洗室,使少女们从不安中解放。
  打一次水就要花费半天的时间,这种重活压得女性抬不起腰来。我们认为这种状态是一种不正义,要为每一位女性、每一个少女争取她们的赋权(所应享受的权利)。
  诸位,我们就是基于这样的想法,一路笔直走到了今日。
  创建“让女性绽放光彩的社会”,这句话我天天讲,日日说,会一直讲下去。
  去年,成功举办的“WAW!(World Assembly for Women)”会议会一直举办下去,直到实现社会“规则改变(game change)”的那一天。今年也请诸位在暑期休假结束后,来日本再相聚。
  我们为联合国妇女署(UN Women)提供的资金额度,今年将增至前年的10倍。
  为消灭艾滋病、疟疾、结核病这三大传染病,日本积极参与了全球基金的创建和发展工作。
  今年,日本也会向基金提供1亿9千万美元的援助,并将于12月在东京召开畅想基金未来的会议。
  不久,日本将为支持肯尼亚政府的保健政策,提供史无前例的援助。金额约在40亿日元左右。
  该政策要实现的就是让全体国民都能以能够接受的金额享受基础保健服务,也即是我们推动的“全民健康覆盖(UHC)”。
  前些时候,我们将这20年一心推崇的开发政策,基于为人类安全着想的援助理念,作为“发展合作大纲”公布。
  所谓发展,就必须立足于可持续的长远目标。不仅要将人们从贫困、恐惧中解放出来,今后还应给予他们追梦的自由。为此,就必须追求高质量的发展。
  这就是我们的发展合作大纲的中心思想。希望这能有助于“2015年后发展议程”的讨论。

  59年前,日本实现加入联合国的那一天,重光外长在演说中讲到“日本是唯一遭受原子弹之苦的国家,我们深知其带来的是怎样一种悲惨”。
  的确,我们最清楚绝不能让广岛、长崎的悲剧重演。正是这个原因,我们在联合国一直呼吁必须废除核武器。
  今年,将迎来广岛、长崎遭受原子弹轰炸70周年。这两个城市都会举办重要的国际性会议,诉说核裁军的意义以及核扩散的危险。在此基础上,今年日本还会向联合国大会递交核裁军决议案。
  今年年初,我访问了位于耶路撒冷的以色列犹太大屠杀纪念馆,把特定的民族作为歧视、憎恨的对象,会把人变得无比残酷,这给我留下了极其深刻的印象。
  我们将在今年6月,召开“为构筑亚洲和平、实现国民和解及民主化的相关高层研讨会”。在菲律宾的棉兰老岛、斯里兰卡,日本的外交虽然微不足道,但为化解仇恨、促进和解做出了不懈努力。
  6月会议召开时,亚洲各国都会带来本国的此类经验,而且会议的举办地,就是这里,联合国大学。
  想必诸位都知道,日本现在高举的“基于国际协调主义的积极和平主义”旗帜。毋庸置疑,与联合国的协调、协作,正是这面旗帜的根基所在。
  我还想请大家记住,我们现在为了培养构筑和平的专家,正要开展一系列相关项目。

  最后,我想说:
  对于联合国这样的组织来说,唯有证明我们是在不断地前进,才能称得上是真正的祝寿。
  现在,就在这一瞬间,许多患者正苦于埃博拉出血热,不少生命正受到无法无天的恐怖主义分子的威胁。既有忙于建造大规模杀伤性武器的人,也有企图使之扩散的人。
  联合国,是一个不可因循守旧的组织,是一个必须始终与时俱进、不断转变的团队。因为,无论问题的形态状况发生怎样的变化,问题总是存在的。
  我要再次强调,联合国改革,是当务之急,我们会为此付出不懈的努力。
  谢谢。