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【国家総合職・外務専門職】国際法:国連海洋法条約②

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外務省のホームページは、国際法の論文試験についての情報が満載です。「海の法秩序と国際海洋法裁判所」の記事は、今回の問題の論点を網羅しています。「海の法秩序」がどのように構築されて、1967年バルドー マルタ大使の演説の中で「人類の共同の財産」とされた「深海底」の開発について、多くの先進国が批准に消極的とだったため1982年に採択された国連海洋法条約は1994年に ようやく採択されました。この条約により、国際海洋法裁判所が設立されました。今回の問題では、国際海洋法裁判を通じて 紛争解決手続きの特徴と限界について考えて生きます。外務省のHPの記事は、ご自分でも目を通してみてください。きっと、何か新しい発見があります。

※参照

出典:外務省HP

トップページ>会見・発表・広報>広報・パンフレット・刊行物 >わかる!国際情勢>Vol.61 海の法秩序と国際海洋法裁判所

本文)

四方を海に囲まれた日本は,古くから海洋国家として栄え,「海の日」を国民の祝日に定めているまれな国家でもあります。人類にとって大切な海洋の国際ルールを定めた海洋法に関する国際連合条約(通称「国連海洋法条約」)と,海の法秩序を守る国際海洋法裁判所の役割などについて見ていきます。
■海はだれのもの?~海洋法の起源
海はだれのもの?~海洋法の起源地球上の生命は「海」で誕生し,今なお生物の9割以上は,地表の7割を占める海洋に生息しているとされています。海は人の交流や海洋貿易で世界を結び,国や地域の間の境界となるなど,人類の歴史においてとても重要な役割を果たしています。海に関する慣習法の歴史は古く,古代ギリシャ時代にさかのぼると言われています。ローマ時代には,海は万民法により,すべての人々に開放され,私的な所有や分割が禁止されました。中世に入ると,欧州各国が沿岸の海域の領有を主張し始め,自由な海に対抗する勢力が現れます。大航海時代の1500年頃には,海洋帝国として栄華を極めたスペインとポルトガルが世界の大陸と海洋を二分して支配しようとするまでになりました。「国際法の父」と呼ばれるオランダの法学者グロティウス(1583~1645年)は「海は万人のもの」として領有に強く反対しながら,例外として,湾・海峡について慣習に基づき領有を認めるとともに,陸地から見渡せる沿岸部については沿岸国に一定の管轄権を認めていました。これに対して,英国のセルデン(1584~1654年)は英国の海に対する支配を正当化するため,「海洋領有」を主張しました。
■海をめぐる各国の立場の多様化
大航海時代以降の世界では,国家の権利が及ぶ「狭い領海」と,どこにも属さず自由な「広い公海」の考え方(公海自由の原則)が一般的になってきていました。領海は沿岸国の安全や漁業資源の確保に直結する重要な要素だったため,18世紀には沿岸から3海里が一般的に領海とされてきましたが,19世紀後半からは4海里,12海里などへの拡大が主張され始めます。また,19世紀後半からは,海上において交戦国と中立国の権利義務を明確にするための条約が締結され,このような条約は従来からの国際慣習法とともに海洋法の法源として扱われるようになりました。
■海の国際ルール法典化までの道のり(1)
1900年代に入ると,貿易や遠洋漁業の拡大などによって海洋の利用がさらに広がるとともに,漁業権,海峡の通航権,軍艦の地位など多くの点において,各国の立場に違いが生じ,個々の法制度では対応しきれなくなりました。そこで1930年,海洋に関する国際慣習法の法典化に向けて,国際連盟のもとでハーグ国際法典編纂会議が開催されました。約50か国が参加したこの会議では,領海の幅員をめぐって意見が対立し,条約の採択には失敗してしまいます。しかし,この会議を皮切りに,世界共通の海洋法制定に向けた具体的な議論が始まったのでした。
■海の国際ルール法典化までの道のり(2)
国連海洋法条約の成立の経緯なかでも海洋支配のあり方を考えるのに重要な契機となったのが,第2次世界大戦後の1945年,トルーマン米大統領が行ったトルーマン宣言(大陸棚の海底と地下の天然資源に対する管轄権や沿岸の漁業を規制する水域を主張)でした。この宣言以降,多くの国が追随する形で一方的に沿岸海域の管轄権を主張するようになったことから,国際連合は1958年に第1次国連海洋法会議を開催し,ここで「領海と接続水域に関する条約」や「公海に関する条約」など,後の国連海洋法条約のベースとなる「ジュネーブ海洋法四条約」が採択されました。ただ,この会議では領海の幅は定まらず,第2次国連海洋法会議(1960年)でも合意に至りませんでした。さらに,1960年代からはアフリカや中南米新興国が,距岸200海里までもの領海または排他的経済水域EEZ)を主張するようになります。こうした流れのなかで1973年にスタートした第3次国連海洋法会議では,10年間という長い月日をかけて各国が粘り強く合意を積み重ねた結果として,1982年に国連海洋法条約が採択されました。
国連海洋法条約と海域分類
国連海洋法条約(UNCLOS:United Nations Convention on the Law of the Sea)は「海の憲法」とも呼ばれる国際条約で,海洋の諸制度を包括的に規定したものです。国連海洋法条約国際法のなかでも圧倒的に長く,本文及び附属書,それに実施協定を合わせて約500の条文から成り立っていますが,ここにさまざまな国の利害対立を吸収する形で成立した国連海洋法条約ならではの事情が伺えます。国連海洋法条約は海域分類(領海や排他的経済水域など)や権利義務関係,海洋環境の保全,紛争解決手続などを具体的に規定しています。海域は領海の幅について,12海里(1海里=1,852m)を超えない範囲に統一したうえで,排他的経済水域EEZ)や深海底なども新たに定義しています。また,海洋関連の紛争を解決する国際海洋法裁判所や,深海底における活動を管理する国際海底機構,大陸棚の範囲を審査する大陸棚限界委員会の設立を決めました。
■深海底開発をめぐる各国の対立
ところが,採択に10年かかった国連海洋法条約は,それから発効するまでさらに12年もの年月を要することになりました。その理由としては,「人類の共同の財産」とされる深海底の管理・開発に関する規定をめぐって,多くの先進国が批准に消極的だったことがあげられます。このため,1990年から国連事務総長主催による非公式協議が何度も重ねられ,最終的には国連海洋法条約第11部(深海底)に関する実施協定を追加採択することで,ようやく1994年に発効しました。2010年3月現在,160の国・地域が国連海洋法条約を締結していますが,この中には深海底の資源開発や海上輸送といった観点から参加している内陸国も含まれています。
■海の法秩序と国際海洋法裁判所
ドイツにある国際海洋法裁判所国連海洋法条約によって1996年に設立された国際海洋法裁判所(ITLOS:International Tribunal for the Law of the Sea)は,国連海洋法条約の解釈・適用に関する紛争の解決を任務とする国際司法機関です。常設の裁判所としてドイツ・ハンブルクにあり,地域配分を考慮して選挙で選出された21人の裁判官(任期9年)は,国連海洋法条約締約国会合で3年ごとに7人ずつ改選されます。海洋に関する国・地域間の紛争が起こり,当事国間の交渉などによる平和的解決ができない場合に,当事国の要請によって国際海洋法裁判所国際司法裁判所,仲裁裁判所,特別仲裁裁判所のいずれかに事件が付託されます。もう一方の当事国は,国連海洋法条約の締約国である限り,境界画定に関する紛争など一部を除き,義務的手続として裁判の管轄権を受け入れなければなりません。
国際海洋法裁判所に期待される役割
2007年の第88豊進丸事件大法廷(Photo:ITLOS)では,国際海洋法裁判所は実際にどのような紛争を扱ってきているのでしょうか。国際海洋法裁判所は「海の法の番人」として必ずしも万能ではないものの,紛争を解決するための大きな権限を持っています。例えば,紛争発生後,裁判所が判決を下すまでの間,当事国の海事活動をとりあえずやめさせるといった拘束力のある「暫定措置」を命令することができるほか,沿岸国の法令に違反して拿捕・抑留された船舶や乗組員を速やかに釈放する司法的手続を行うことができます。日本はこれまでにみなみまぐろ事件(1999年)と第88豊進丸事件,第53富丸事件(いずれも2007年)で裁判の当事国となったことがあります。また,2009年には初めてバングラデシュとミャンマーの間の海洋境界紛争が付託され,現在係争中です。国連海洋法条約にはさまざまな規範が包含されており,具体的な適用については解釈が分かれる点も多く残っています。今後,国際海洋法裁判所がより広範な事件を扱い,判例を積み重ねていくことで,海の国際ルールとしての国連海洋法条約の定着と発展が期待されています。
■海洋法秩序への日本の貢献
重要性が増してきている国際海洋法裁判所(Photo:ITLOS)このような従来から続く海洋のトラブルに加えて,近年では,海賊被害,海洋・沿岸域の環境汚染,海洋資源の乱獲,海洋エネルギー・鉱物資源をめぐる近隣国との問題など,海洋にまつわる課題は多種多様になってきています。それらの課題を解決し,国際社会が足並みをそろえて海洋の秩序を守っていくためにも,国際海洋法裁判所の役割や重要性は増してきていると言えます。こうした海洋法秩序への貢献として,日本は国際海洋法裁判所に対し,毎年分担金(2010年は2.5億円。締約国中最大の約22%)を拠出しているほか,裁判官に山本草二・東北大学名誉教授(任期1996~2005年),柳井俊二・元在米大使(任期2005~2014年)を輩出しています。
■21世紀の海洋立国に向けて
21世紀の海洋立国に向けて四方を海に囲まれた日本は,古くから「海洋国家」として海と密接なかかわりを持ってきました。伝統的に盛んな漁業はもちろん,海上輸送や,臨海に発達した産業などを通して日本は発展してきたと言っても過言ではなく,日本は「海の日」 (元来の「海の日」である7月20日は,1996年に日本について国連海洋法条約が発効した日でもある)を国民の祝日とするまれな国家でもあります。日本の領海と排他的経済水域を合わせた面積は,約447万平方kmにも上り,実に国土面積の約12倍にもなります。この数字からも,日本にとって海がかけがえのない"財産"であることがわかります。日本は,世界的な人口増加などに伴う食料資源やエネルギー・鉱物資源の需要増を見据え,海底資源の確保に向けた大陸棚の限界延長申請なども行ってきています。海洋環境と人類の共存,平和で美しい海を次世代に継承していくため,日本は国際貢献・国際協調を通じた新たな海洋立国を目指していきます。

以上